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彼の笑顔は魅力的だ。小声でささやかれてるようだ。
「けんか嫌いなの。しても弱いの。
不器用で損ばかりするの。
そんな自分を甘やかすだめな男なの。
すぐ友達になれるよ。友達多いよ。」
…私は疑うところから始めよう。
誰とでも友達になれる男は、実は誰にも心を開かない男だ。
つまり魂が孤独な男だ!
けんかが強そうに見えないのはその必要がないほど強いからだ。
暴力好きなのだ!
不器用で損ばかりする男ほど、長い目で見たら得するものだ。
「損して得取れ」という。
したたかな金の亡者だったのだ!
しかしそんな人間像からすてきな芝居が生まれるの?
もちろん。鈴江は自信たっぷりだ。

「天にのぼりたいとふとおもい」(作・演出/鈴江俊郎)
幽霊が出た。35歳のおっさんの幽霊だ。
昔死んだ僕の友達だという。覚えてない。
こんなおっさんの知り合いはいない。
彼は11歳のときに死んでから、僕と一緒に歳を重ねてきたのだという。
じっと見てた。僕のことを。知らなかった。
じゃいまさらどうしてそれを言いに来たの?
彼はわかってほしい、という。わかりあいたいのだ、という。
僕と。彼の死んだ事情のことを。
いや困った。まことに困った。
そんな夜。幽霊のささやきを、お送りします。


鈴江さんの書かれるテンポのいい会話は聞いていてとても気持ちがいい。あの軽やかな会話に僕も参加したい!と思って今回お願いしました。軽妙な会話の先に見えてくる人間模様。ユーモアたっぷりの会話は笑えない問題を含んでいます。
3月舞台写真 クリックすると拡大します
3月を終えてコメント
一年間、こんなことを続けていたのか……これはもうほんとに、稽古をつきあって、本番も何回かつきあって、の感想です。偉人、坂口修一。
役者ってせりふ覚えるのが大変。せりふ覚えるだけでももう大変。と、三月末に京都で、上品芸術演劇団というユニットでお芝居に出演する鈴江君はしみじみ感じているのです。

それどころではない芝居の稽古の質をめぐる格闘!
今よりはるかに若い頃、先輩から「せりふいうのは覚えるもんやない。忘れるもんや。……わかるか?この深い逆説の深みを。」とドスを効いた声で説教されていた僕には、いまなにかやっとうすらぼんやりとそのココロが見えかけたような?見え隠れしたような?感じがあります。

ひとり芝居というのはまことに運動競技に似ている。そんなことを思ったのです。
負けるな坂口!乗り切れ坂口!
僕は手に汗握って目を何回かつぶりましたよ。
そして孤独な役者は、彼にしか見えない表現の暗き淵をのぞき見ている、のです。本番中に。うらましかった。
ああ。あの舞台に立てるのは特権を持つひと握りのものだけだ。
またやってください。この企画。
できれば17年くらい続けて、「ひとり芝居」とか「30分の素舞台の上演」とか、そんな説明が要らなくなって「サカグチ」っていったら英語の辞書に載ってるひとり芝居の30分のああいう上演形式のことじゃないの、ってなるくらいになってほしい。 「テトラポット」って波消しコンクリート構造物の一般名称だと僕は思ってたんだけど、ほんとは「テトラポット社」の製品、という固有名詞だったんだもんね。あまりに世間に定着すると、その人の名前は一般名詞になるんです。
電気の単位は1ワット。これも人の名前です。
ひとり芝居の数え方は、1サカグチ、2サカグチ……だから今年坂口修一君は12サカグチをやったんですよね。
僕は今までの人生の中で、2サカグチ書きました。そのうちのひとつがこれです。
忘れられないサカグチになりました。ありがとうございました。
坂口修一稽古初日に聞かされた、鈴江さんが過去に出会った凄い役者の話。…あれはプレッシャーでした。台本を渡した次の日には台詞を完璧に覚えてくる役者、偶然出た面白い動きを完璧に再現出来る役者、次から次へと鈴江さんを楽しませるアイデアを持ってくる役者。
ええ、凄いですよ!話を聞いていても凄いな〜って思いますよ。おまけに僕も負けじと、僕が知ってる凄い役者さんの話までしてしまって、何!?今から僕が稽古するってのになんで凄い役者の話?
1年間の締めくくりの稽古ですよ。そりゃ、1年間一人芝居をし続けていた成長を見せて下さいってことですよね。
…気張ったところで、出来ることしか出来ないわけです。

武勇伝に憧れるところが僕にはありまして。なにせ、挑戦とか、無謀とか、血のにじむような努力とか、そんな話とは無縁の穏やかな、生ぬる〜い人生を歩んでましたから、強烈に憧れるわけです。
中高の部活は卓球に水泳、どちらも運動部ではありますが、体育会系では全くなかったです。水泳部にいたっては顧問の先生がいなかったですから。毎日楽しいクラブ活動でした。汗、かいてたかな?ってぐらいです。
大学入試も推薦…。徹夜で勉強した覚えもなし。
だからこそのこの企画!「火曜日のシュウイチ」だったわけです。
でも、ちっちゃい、ちっちゃいねん、僕。武勇伝に憧れてるなんて、その時点で武勇伝とはほど遠いねん。
これはもう鈴江さんの言うように「サカグチ」が単位になるくらいひたすらやるしかないですね。
そういえば学生劇団の時、初舞台が「DUAL(デュアル)」という芝居で上演時間が2時間30分あったんですけど、当時の学生劇団で2時間30分と言えば驚愕の長さでして、その後、卒業するまで、僕らの劇団の中では上演時間はその芝居が単位になっていました。
うわ〜今度の芝居0.9デュアルもあるけど長くない?みたいに。
マイナスのイメージのものって定着しやすいんですよね。
…「サカグチ」がちっちゃい男の代名詞にならないように頑張ります。

鈴江俊郎
大阪府生れ。京都大学在学中に演劇活動を始める。
1993年に京都で劇団八時半を旗揚げ。
以来、ほぼ全作品の作演出を手がけ、俳優として舞台にも立つ。
関西劇作家の登竜門だったテアトロ・イン・キャビン戯曲賞やOMS戯曲賞だけでなく、シアターコクーン戯曲賞、岸田國士戯曲賞、文化庁芸術祭賞大賞(演劇部門)など戯曲賞を受賞。
2007年、劇団八時半は活動を休止。戯曲は英独露インドネシア語に翻訳され海外でも紹介されている。
白ヒ沼